なぜ運だけは天性のものとあきらめてしまうのか

まだ終わってないからあれだけど、コロナショックでそこそこ儲けた。

下がってる途中で株を売って、別に買っていたオプションで100万儲けて、資金の半分を3月末にもう一度株に入れた。

投資資金が数百万の自分にとって100万儲かるというのはとてもでかい。
4万円のオプションが100万である。

これについて周りからすごいすごい!と言われた。

全部運である。

オプションは初めて買ったし、暴落だって初めてだったし。
オプションは値段の調べ方も板の味方もわからない完全など素人。

完全な

ただこれは、「運だからあたしなんて大したことないっすよ!」という謙遜ではない。

運は実力である。

なぜみなさんは投資手法うんぬんでごちゃごちゃごちゃごちゃ毎日言っておいて、投資で最も重要な要素である運を高める努力をしないのか。

私のバイブルであるフロムの『愛するということ』に「なぜ人々は愛だけは対象の問題であり技術の問題だと思わないのか。愛とは技術である。」とある。(文章はうろ覚えであり、たぶん正確ではない。)

運も同じである。

なぜ運を高めようとしないのか。
ここに断言する。
運とは技術である。

運には天運地運の二種類がある。

天運とは生まれながらに授かった運であり、
地運とは己の行動で高めていける運である。

みなさんが運と聞いてぱっと考えるのはおそらく天運だと思う。

だけれどもこんな言い方もよく聞くと思う。
「あいつは日頃の行いが悪いから。」と。
これが地運である。

どうすれば地運を高められるか、それはよく言うように日頃の行いである。

私は昔から運がよかったわけではない。
むしろ最初は運が悪い方であったと思う。
だがいろいろな努力で運を高めてきた。
いくつか例を挙げてみるだけでもいろいろある。
例えば、

・議論が活発になりみんなが幸せになれるよう、議論が巻き起こりそうな発言をTwitterで見つけたらなるべくRTするようにしている。完全に善意で。

・大学の休み時間に便座に◯んちがついているのに気づかずに座り、お尻が他人のうん◯まみれになったことがある。地運(ちうん)と10回言ってみてほしい・・・・・おわかりだろうか?

・同じく大学生の時、酒を一気飲みしすぎて完全に意識を失いう◯ちをもらした。

・父親が宗教をやっていて1億円近いお金を神仏に捧げている。これにより家族の地運が爆上がりしている。友達の家で遊んでいても時々親が迎えに来て神社に連れて行かれることもあった。 私の地運は親の愛の賜物でもある。


さて、これまで行ってきた地運を上げる行為、挙げていくときりが無いが私がそれなりに努力を積んできているのがわかると思う。

運がないと悩むものよ、運を上げる努力をするのだ。

もちろん天運に恵まれている者もいる。
大した努力もしていないものが良い思いをする場面を見れば、悔しい思いもすることだろう。
だが、人生は与えられたカードで勝負するしかないのだ。行いを正し地運を上げよ。

グッバイ

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